境界線はまだそこにある、忘れても尚まだそこにある

あまり友人が多い方ではない。

父親が典型的な転勤が多いサラリーマンだったので、引っ越しにともなう転校が多かった。仲の良い友達が出来ても、心の中で、「ああ、今は楽しいけれど、そう遠くない未来に、みんなとは会えなくなっちゃうんだな…そして、俺のことなんか忘れちゃうんだろうな」そういう風に思っていた。幼くして、別れの寂しさみたいなものを常に何処かで意識していたので、全面的に自分大解放で友達に接してこなかった。常に最終ラインがあって、その先には踏み込ませないし、自分も踏み込まなかった。

おそらく私は傷つきたくなかったのだろう。
思春期を過ぎ、勿論常に周りに友達はいたのだが、どこか心を閉ざしていた。「本当のこと」は、いちいち言えなかった。面倒くささではなく、拒否されたり、馬鹿にされるのを嫌っていたのだ。

そんな感じで大人になった。



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年齢を重ねた故、付き合いの長い友人とは、時間が信頼関係を深めてくれた。ここ数年では、インターネットを通じて知り合った友人も多い。時代だな。子供の頃にネットがあったら、転校した学校の友達とも、そこで終わりにはならなかったのかもしれない。



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友達と常にベッタリを望んではいないし、一人の時間も大切だ。

人生も折り返し点はとうに過ぎているであろう、最近になって、今後、どう友達付き合いをしていこうか、ぼんやりと考えてみたりする。

生きている間に出会える人の数は、結構少ないのではないのだろうか。この年齢になったからこそ、もう少し自分をさらけ出してみても、意外と大丈夫なんじゃないか?そんな希望的観測もある。根拠はないが。





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濃紺

Author:濃紺
◆1971年生まれ。廃人寸前からサラリーマンへ奇跡の転身。 音楽好き。愛すべき80年代カルチャーを礎に、現在を生き未来を感じたい。東京→仙台→札幌→福岡。

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