ノー・コントロール

What do you call that noise ?

3月11日に思うこと  

テレビ画面の中の光景は、作り物よりも作り物っぽくて、初めは現実感がなかった。
空港が津波に飲まれるって、ハリウッド映画のCGじゃないんだから。

情報は錯綜していた。
時間の経過とともに、現実が突きつけられる。

仙台に住むOくんに電話をかけたが、つながらなかった。
届くかわからないメールを飛ばす。

被害は甚大で、たくさんの人が命を落とした。
行方不明者も多数。

夜遅くになって、ようやくOくんから返信。
とりあえず、本人も家族も無事とのこと。
ホッとした。

その時は、たくさんの人達が亡くなったことよりも、Oくんが無事で良かったと、心から思った。
自分は視野が狭くて、冷たい人間なのかもしれない。


昨夜、通っていた高校のホームページにアクセスしてみると、昔ながらの掲示板が設置してあり、さかのぼってログを読んでいた。書き込みの数も少ないので、すぐに震災直後の書き込みにたどり着いた。

安否確認の情報の中に、亡くなった人の名前。
画面の中のフルネームは、ただの文字列に過ぎないのかもしれないが、同じ高校に通っていた人達も犠牲になったのかと思うと、とても怖くなった。

私が通っていた高校は、仙台の南学区にあり、仙台市南部と、さらに南の名取市、岩沼市、亘理郡あたりから生徒が通っていたのだが、名取市の閖上(ゆりあげ)地区は、津波の被害をまともに受けた

閖上にあるYちゃんの家には、何度か遊びにいったっけなぁ。
私が原チャリで走った道路が、ニュース映像では変わり果てていた。
Yちゃんの家や家族はどうなったのだろう。

仙台周辺に住む友達とは、私が浪人している間に、なんとなく疎遠になってしまったのだ。
それを後悔している。
今もみんな、元気にしているのだろうか。



正月に茨城に行った時、水戸駅で下り電車を待っていた。
ホームに設置してある行先表示板の「仙台」という文字の上から、ガムテープが貼ってあった。
常磐線は、震災による被害と、それに起因した福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域(事故発生当初は警戒区域)設定のため、広野駅 - 原ノ町駅間および相馬駅 - 浜吉田駅間が今でも運休となっている。


あの日から3年が過ぎた。
テレビの特別番組の中には、やたら過剰な演出を施したものもある。
必要以上にドラマティック、大袈裟なBGM、何故か感動仕立てのものもあるが、そういうのは、正直あまりよくわからない。
ああ、別にマスコミ批判とか、そんなつもりではない。
そういうのにグッとくる人だって、きっとたくさんいるのだと思う。
変わり者を演じている訳でもなくて、自分はそういうタイプではないってだけの話。


ただ、現実はもっと、日常に寄り添ったものだと思うのだ。

私自身、何ができるわけでもないので、偉そうなことを言うつもりはない。
あれこれ語ることなく、黙って募金箱に買い物のお釣りを入れ続けている人のほうが、何百倍も偉いのではないか。

たとえ非力でも、心の中に、小さな祈りを。
今夜はそんなことを思っている。


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