1990

Q1.蒋介石率いる中華民国を台湾に追いやり、中華人民共和国を建国した人物とは?

Q2.「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」、鴨長明(かものちょうめい)による鎌倉時代の随筆とは?

Q3.括弧内に入る単語は何?

追いつき、可能であるなら追い抜く
catch up (   ) and possibly overtake

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代ゼミの前を通りかかり、「ああ、もうそんな季節か」と思った。
冬期講習か。
懐かしいな。

私が代ゼミに通っていたのは、1990年のことだ。
もう、20年以上前になるんだな。

現役の時に、受験した大学は、見事に全部落ちた。
全滅した時は、「そりゃ、そうだよな~」と思った。

高校生活の3年間、ろくに勉強もしないで、好き勝手にやってきた。
高校には、わりと上位の成績で入学したのだが、卒業する時は、下から数えて何番目か。
中途半端な進学校で、完全に落ちこぼれ。
追試や補習を受けまくって、なんとか進級。
卒業できただけでも、奇跡的だった。

「あーあ、今日から俺も浪人か」
自動的にそう思った。

「何故、大学に行くのか?」ってことは、あまり考えていなかった。
卒業したら、大学に進学するのが当たり前の高校だったからだ。
自分の思い込みなのか、システムに洗脳されていたのかは分からないが、環境というものは恐ろしい。

浪人生活が決定した日、もう、いつぶりかわからない位に「自主的に」開いた参考書を見て、我ながら愕然とした。

高校1年生レベルの問題ですら、サッパリ解らないのである。
「赤本を買って、過去の入試問題を~」とか、そういう次元ではないのだ。

高校3年間の中間テスト、期末テストというハードルを、つまずきながらも超えてきたはずなのだが、テストが終わる度に、そのほとんどを忘れてきたようだ。

要は、蓄積されていないのだ。
そんな状態で受験したって、そりゃ結果は全滅だよね。
もう、当たり前の話。
お話にならない。

「こりゃ、ドえらいことになっちまったなー」

中学校を卒業したレベルで止まってしまった状態で、1年後にリベンジである。
人が3年かけてやることを、1年でできるのか?
いや、やる!今はやるしかないのだ!

予備校ライフは、決して楽しくはなかったが、それなりに充実していた。
目標が、あまりにもハッキリしていたからだ。
なすべきことは、「勉強する→来年合格する」という、いたってシンプルなことだ。
バカでナマケモノのモデルケースのような私にも、理解することができた。

とにかく1年弱、やるしかない。
必死だった。

ギターは部屋の押入れにしまいこんだ。
テレビはほとんど見ない(ラジオは聴いていた)。
毎週買っていた、漫画雑誌を買わなくなった。
女の子にうつつを抜かすなんて、もってのほか!

息抜きといえば、休憩時にウォークマンで聴く音楽くらい。
1990年の春、私は「真面目な浪人生」になったのだ。

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予備校ってのは、なかなか面白い場所でもある。

医学部を狙って、浪人5年目の、通称「ゴローさん」は、喫煙所の主みたいな人だった。
長身で、いつも髪を立てている「布袋くん」。
メイクをばっちりキメて、露出の高い服を着ている、どう見ても水商売風な「ボディコン」。
子沢山家族のお母さんのような、年齢不詳の「ジャイ子」。

個性的で目立つ人は、皆、七曲署の刑事(デカ)のように、あだ名で呼ばれていた。
そう、予備校生に個性などいらないのである。
何も考えず、ただひたすらに受験勉強をして、来年の春に合格を勝ち取る為の没個性マシーンでいいのだ。
限られた時間の中で、いかに成績を上げるかだけが正義だった。

「お、濃紺じゃん!何やってんの?」

たまに、駅なんかで、現役で大学に合格した、高校時代の同級生に出会ったりする。

「紹介するよ、彼女…○○女子大でさ、サークルで知り合ったんだ」

テニスサークルか何かの、お揃いのジャンパーなんか着ちゃってさ。
肩なんか抱いちゃったりして。
彼女を紹介するのに、何で肩に手を回す必要があるんだよ。

「そっか、代ゼミ通ってんのか…大変だな。勉強頑張れよ」
なんて言い残して、手をつないで雑踏に消えていく。

私は彼らの後姿を見送りながら、心の中では「んだよ、チャラチャラしやがってよー。サークル?知らねーよ。大学生なんだろ?学生らしく、勉学に励めやボケが。何が勉強頑張れよ、だ。うるせえよ。お前らに関係ねえんだよ。お前らどうせ、汚いアパートで、毎日セックスばっかりしてんだろ?バーカバーカ!ファックユー!」とシャウトしていた。

完全に思考が捻じ曲がっていた。
大学生になるべく、日夜受験勉強に励んでいるのに、大学生を敵視するというパラドックス。
成績が上がった分、人間性は歪んでしまった1990年であった。

こんな調子で、「真面目に」浪人生活を過ごした私は、翌年、何とか大学生になった。
第一志望の大学には落ちたけれどね。
あまり嬉しくはなかった。
「何故、大学に行くのか?」ってことは、あまり考えていなかった、That's モラトリアムぐーるぐるな私は、根本的に、やはりバカなのだろう。

1990年、バカな私は、バカな大学生になる為に、バカみたいに真面目に勉強ばかりしていた。
なので、1990年の世の中の出来事、ヒット曲、テレビ番組などの記憶が、スッポリと抜け落ちている。

1990年。
私にとっては、そんなエアポケットのような年なのである。



■YouTube-1990/COMPLEX【19901108】



■YouTube-.懐かしCM 1990年深夜のCMまとめて10本


A1.毛沢東

A2.方丈記

A3.with
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コメント

そのエアポケットが…

あったから、今があるもんね。

No title

■ゴリラさん
ええ、そうですね。

No title

濃厚どのが過ごした大暗黒時代の翌年に
ワラスにも大暗黒時代がやってまいりました・・・。

『合格を勝ち取る為の没個性マシーン』、著しく納得デス!

あの当時、予備校業界では新入りだった「東進ハイスクール」。
今では知らない人がいないくらいに知名度が上がったとです。
スパルタ教育で有名で、「牢獄予備校」と呼ばれたいた「両国予備校」も
今では少子化の影響で閉校したそうです・・・時代は変わったのでした。

時代は変われど、大暗黒時代に感じた、あのモヤモヤ感は
今後、一生忘れることができんのでしょうなぁ。

No title

■a-tekichiどん
a-tekichiさんの年表にも、大暗黒時代はあったのですね。
あの時代は、経験した者でしか解らないであろう、殺伐とした閉塞感がありましたよね。
常に頭の中には「来年の受験」が鎮座していてさ、何やってても、イマイチ楽しめないの。
でも、今思えば、あれはあれで、良い経験だったのかな〜と、思ったりもします。

両国予備校、最近聞かないと思ったら、閉校ですか。
当時、早稲田ゼミナールなんてところもありましたね。
イベントで、アントニオ猪木が、「予備校生に気合いを入れる!」と、ビンタしていましたよ。
あんなビンタ食らったら、折角憶えた英単語も、いくつか吹っ飛びそうでした。
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濃紺

Author:濃紺
◆1971年生まれ。廃人寸前からサラリーマンへ奇跡の転身。 音楽好き。愛すべき80年代カルチャーを礎に、現在を生き未来を感じたい。東京→仙台→札幌→福岡。

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