ノー・コントロール

What do you call that noise ?

灰色の空と巨大な船  

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知らない街の商店街を歩くのが好きだ。そこには観光スポットにはない魅力がある。より生活に密着した空気。シャッターが下りたままの店が多いし、働いている人も買い物客も高齢者が目立つ。これは大都会ではなく、地方都市に顕著に表れる傾向なのだろうか?この国の未来を示唆した光景であるのだろう。ゴーストタウン化した商店街はどんどん増えるだろうし、大型ショッピングモールは増えるであろう。


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おっと、申し遅れました。訪れたのは長崎県の佐世保であります。私の母が中学生の頃に住んでいた街でもある。「歩いていると、よくアメリカ兵に声をかけられたものよ」なんて話を昔聞いたことがある。




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防空壕の跡でハンバーガーとは!商魂逞しいと言うよりも、戦時中の日常の延長線上にこの店があるってだけなのだろう。



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ハンバーガーはとても美味しかった。まいうー。



お腹が満たされたので、港の方に行ってみた。


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いろいろと考えされられる港の風景であるが、決して嫌いではなく、むしろ好きな雰囲気だ。

どこか現実離れしているようにも感じるのは、とりあえず現在の日本が「平和」であるからだろう。有事の際には、この港はどんな表情を見せるのだろうか?そんなことを考えながら、しばらく海を眺めていた。








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境界線はまだそこにある、忘れても尚まだそこにある  

あまり友人が多い方ではない。

父親が典型的な転勤多いサラリーマンだったので、引っ越しにともなう転校が多かった。仲の良い友達が出来ても、心の中で、「ああ、今は楽しいけれど、そう遠くない未来に、みんなとは会えなくなっちゃうんだな…そして、俺のことなんか忘れちゃうんだろうな」そういう風に思っていた。幼くして、別れの寂しさみたいなものを常に何処かで意識していたので、全面的に自分大解放で友達に接してこなかった。常に最終ラインがあって、その先には踏み込ませないし、自分も踏み込まなかった。

おそらく私は傷つきたくなかったのだろう。
思春期を過ぎ、勿論常に周りに友達はいたのだが、どこか心を閉ざしていた。「本当のこと」は、いちいち言えなかった。面倒くささではなく、拒否されたり、馬鹿にされるのを嫌っていたのだ。

そんな感じで大人になった。



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年齢を重ねた故、付き合いの長い友人とは、時間が信頼関係を深めてくれた。ここ数年では、インターネットを通じて知り合った友人も多い。時代だな。子供の頃にネットがあったら、転校した学校の友達とも、そこで終わりにはならなかったのかもしれない。



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友達と常にベッタリを望んではいないし、一人の時間も大切だ。

人生も折り返し点はとうに過ぎているであろう、最近になって、今後、どう友達付き合いをしていこうか、ぼんやりと考えてみたりする。

生きている間に出会える人の数は、結構少ないのではないのだろうか。この年齢になったからこそ、もう少し自分をさらけ出してみても、意外と大丈夫なんじゃないか?そんな希望的観測もある。根拠はないが。





haunted days

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