自分で言うのもなんだが、私はわりと穏やかな性格である(と思う)。
しかも年齢を重ねるごとに、性格が丸くなっているような気がする。
人との諍(いさか)いは、あまり好きではない。
もっとも、諍いを好む人などあまりいないと思うが。
怒るのは好きではない。
ただただ面倒だ。疲れるのだ。
しかし、今よりもずっと若い頃は、『キレたナイフ』とか『ジャックナイフ』とか『狂った果実』な時期もあった。
「俺も昔は悪(ワル)でよ〜…」的な話は馬鹿馬鹿しいので割愛するが、まあ、恥ずかしながら、そんな時期もあったのである。
そんなある日、またしても愚行をしでかした私に対し、親しい友人から「自分の思い通りにならないからって、いちいち怒って暴れていたってキリがないでしょ?」と、説教をくらい、自分も「うーむ…仰る通りでございます」と猛省し、それ以来、暴力的な自分は封印。なるべく怒らないように努めて現在に至っている。
今日(こんにち)、あまり怒らなくなったのは、消極的な理由の産物であるかもしれぬが、まあそれはそれで良いことだと思っている。
怒るのは好きではない。
今では、ただただ面倒だ。疲れるのだ。
だがそれは、怒りという感情を押し殺す作業でもある。
抑圧された感情と、我慢したオナラは、一体どこへ行くのだろう?
そんな私であるが、昨日は久々に怒ってしまった。
人に対して怒声を吐くのは何年ぶりだろう?
「おい!黙ってねえで、何とか言ってみろよ!」
当たり前だが、怒っている時は、全然楽しくない。
これだから怒るのはいやなんだ。
イライラを抱えたまま過ごしていると、またもイライラな場面に遭遇。
こういうのは連鎖するのだろうか?それとも自分が引き寄せたり、飛び込んだりしているのだろうか?
本当は殴りたいが、三十代も半ばを過ぎ、四十代の背中も見えてきているというのに、人を殴っていたらただの馬鹿である。
「おい!黙ってねえで、何とか言ってみろよ!」本日二度目である。
二度目ともなると、自分自身がアホらしくなってきてしまう。「俺は一体何をやっているんだ?」と思う。

はあ、もう帰ろ帰ろ。
もう今日は人とは関わりたくない。
帰って音楽聴いたり本を読んだりして過ごそう。
1,2,さぁ〜ん,4,5,ろぉ〜く,7,8,きゅ〜う…
そう呟きながらの帰り道なのであった。